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創作小説の形をとっていますが、とてもとてもつたないです。
素人小説を許容できる方だけ、続きをどうぞ。
さらに、とても長いです…。
お時間と興味のある方だけどうぞ。
「見知らぬ願い 前編」
秘密がある。
…というほど重要なことことでもない。でも、彼女は決してそれを誰かに打ち明けることはないだろうから。
彼女は幼い頃に、大きな病気をしていた。
小学校に入る前の、ある程度物心のついていた時期。そのほとんどを病院で過ごさせたそれは、手術をすれば治るが、成功率が高くはなかった。故に、両親は躊躇していたのだ。
その間にも、彼女はその病気の為に何度も発作を起こし、息を詰まらせ、意識を失うことも何度かあった。
その度に、死への恐怖が彼女を蝕んでいた。
それはどう考えても安らかな物ではない。苦しんで苦しんで苦しで、その先にあるものだ。
目を開いているはずなのに、目の前が真っ白になっていく。苦しい。息ができない。
死ななければ、楽にはなれない。でも、死ぬのは怖い!
そうして、手放した意識で夢を見る。
真っ黒い悪魔が、手を伸ばす。
悪夢。
冷たく、苦しい、暗黒の沼に引きずり込もうとする。
そして、それはささやいた。
「助けてやろうか」
「誰か身代わりを差し出せば、助けてやろう」
「親か、友人か、親戚か、お隣の家族か、それとも…」
苦しみの中で見た、悪夢。
それでも、彼女はその苦しみから逃れたい一心で、うなづいた。
何度もうなづく。
そして、夢から覚めた。
発作から逃れた彼女は、両親が手術を決めたことを説明されて、ぼんやりとうなづいた。
でも、その心はひどく冷え切ってしまっていた。
…自分が、そういう人間であるということを思い知ってしまった。
幼い心は、それをたかが夢と思い切ることができなかった。
自分は、自分の苦しみと誰かを引き換えに出来る人間なのだと。
難しい言葉で考えたわけではなかったけれど、幼いながらに悟った。
やがて、手術は成功した。彼女は健康な体を手に入れることができた。
でも、彼女はそれを忘れない。
その頃からすでに完成しつつあったプライドが、その話を誰にもさせなかった。
だから、誰も彼女に「それは夢なのだから」と。
「誰もがそう思ってしまって、仕方がないのだ」と。
「子供なのだから、そんなこと思ってしまってしょうがないし、当たり前だ」と。
それを解きほぐす人も機会も現れなかった。
そして。
…幼くして、彼女は自分自身に絶望してしまった。
入院していた頃は、氷辻にとっての暗黒の時代。
健康な体を手に入れた今、その時代の話を誰かにすることは、決してない。
* * *
「ひつじちゃんっ」
家の前でぼんやりしていると、近所(という程の距離でもないのだが、このへんで歳の近い少女は彼女くらいしかいなかった)の華呼が駆けてきた。
「退院したんだって聞いて。おめでとう」
「…ありがとう、はなちゃん」
「これ、お母様から。お祝いだって」
華呼はお菓子の包みらしい大きな箱を見せて「あとで、おばさんに渡すね」と言った。
「で、ひつじちゃんは何をしているの?」
「見張っているの」
「何を」
氷辻は黙り込む。そんな氷辻の隣りに華呼は座って、続く言葉を待った。
「わたし、悪い子だから。悪い子なのに、病気、治っちゃったから。誰かに、悪いことがおこるかも知れないから…」
うつむいて、氷辻が言う。
華呼は、ううん?と首を傾げる。そして、ぎょっとしたように言った。
「えっと、何か、変なものが見えたりするのかな? えっと、ゴー…おばけみたいの、とか」
「ううん」
氷辻は首を振る。それに対して、何故か華呼はほっとしたように息をついた。
「氷辻ちゃん、悪い子じゃないでしょう」
「…悪い子だよ」
「どうして?」
氷辻は無言で首を横に振った。そして、うつむいたまま何も言わない。
それを、誰かに知られるわけにはいかない。自分の、一番ひどい部分。
その様子を見守っていた華呼は、やがて立ち上がると、氷辻に手を差し出した。
「大丈夫、ここには何もいないから。ね、これおばさんの所に持って行こう」
「何もいない?」
「うん、いないよ。大丈夫だよ。何かあったら、わたしが守ってあげるよ」
「はなちゃんが?」
「うん」
しばらく氷辻は華呼を見ていたが、ようやく立ち上がった。でも、その手は取らない。
「行く」
「うん」
…でも。
氷辻は思う。
きっとわたしは、その時が来ればはなちゃんだって差し出すのだ。
今ははなちゃんのことが大好きで、一緒に歩くのが嬉しくったって、その時がくれば、わたしは自分を選ぶ。
自分がそういう人だって、知っている。
…だから、その手は取れない。
* * *
入院やその後の療養のせいで、友人達の輪に入るの遅れたせいもあったのだろう。
大人たちはそう思ったけれども。
氷辻は友達の中に入ることをしなかった。大抵、少し離れた場所で一人でいた。
休み時間などにクラスメイトが誘っても、すげなく断る。「本が読みたいから」「勉強したいから」。
病弱だった彼女を、それでも両親は甘やかさなかったのが幸いだった、と氷辻は考えていて、遊ぶことより勉学に励んだし、それを理由にクラスメイト達を遠ざけた。昔仲が良かった華呼とも、歳が離れていたせいもあって、いつか疎遠になってしまった。
友人というその近すぎる関係は、いつか何かを傷つける、と、氷辻は頑なに信じていた。
その子どもらしからぬ態度は、いわゆる「仲間はずれ」や「嫌がらせ」というものを受ける理由になったのだけど、彼女はまったく気にしていなかった。むしろ、そんな行動に出る人間を軽蔑し、距離をおく理由が出来たとさえ思っていた。
氷辻の中で、「友人」というのは生きていくにあたって重要な存在ではない。
むしろ、その存在はいつか自分の中の嫌な部分を露見させる。
…あの、悪夢の記憶は少しずつ薄れていき、普段は忘れさっているものの。何かの拍子にその記憶は蘇る。
忘れた頃に、夢に見ては夜中に目を覚ます。
死への恐怖。それ故に自分は自分以外の何かを犠牲にできる。
その、薄暗い感情の再確認。
そのたびに、彼女は内心深いため息をついた。
絶望は、果てない。
「一七夜月さん」
小学生高学年。
氷辻に相変わらず親しい友達はいない。
最近は、クラスメイトから受ける嫌がらせもなくなった。氷辻が静かに、過剰に防衛したせいもあるかもしれない。座右の銘に「目には頭部を、歯には咽頭部を」と書いたあたりからだったかもしれない。結局、それは貼り出せないから変えてくれ、と教師になりたての若い担任に言われて「一日一善」と変更した物が後ろの壁に貼ってあるが。
彼女は相変わらずそんなふうで。休み時間は勉強をしているか、本を読んでいるかだった。その彼女に声をかける者はほとんどいなかった。
いなかったのだが。
「何読んでいるの?」
「……本」
「それはわかるよー」
そう言って、声をかけてきた少女は笑った。その意図がつかめなくて、氷辻は小さく首をかしげた。そして。
「あの、」
少女の名前を思い出す。
「えっと、田中、さん?」
「おしい。田川さん」
「…田川さん」
言い直して。でも無表情のまま言った。
「本を、読んでいたいの。邪魔しないで」
「そっか。ごめんねっ」
あっさり少女は引き下がり、去って行った。
氷辻は小さく息をついて、再び本にに視線を落とす。
またか。
どうやら、教師という人種は友人を持たぬことを良しとしないらしい。
友達がいることこそ美徳。
ばかばかしい。
つぶやいて、僅かに眉根を寄せた。
面倒くさいことになったな、と。
今までも、時々教師達は同じクラスの面倒見の良さそうな子を捕まえては、一七夜月氷辻と友達になるように言ってきたらしい。それら全てを氷辻ははねのけてきた。
息をつきながら、ページを繰る。
いいのに。わたしは……
わたしは、好きで一人でいるのだから。
田川李亜(りあ)は、クラスの中心というわけではないけれど、その端っこにいるような感じの少女だった。
誰にでも屈託無く笑い、元気がいい。勉強はあまり得意ではないようだが、運動が得意で明るいので、その辺に人気があった。小学校の頃というのは勉強よりも運動が出来るというのが好かれる要素だ。友達も多い。
……つまり、大人のお目にかなっている少女。担任の人選はいつもどこか似かよっている。
ただ、いつもと少し違うのは、引き際がいいところ。
本を読みたい、勉強がしたい、すげなく言うと「そう?」とあっさり去っていった。
自分が好かれるような人間であるとは思っていない。そこまで思いあがれない。
となると? 担任が出方を変えたか?
……まあいいや。
氷辻は今日も休み時間に参考書を開いていた。中学校は少しレベルの高い私立を受けるつもりだ。勉強はしすぎても足ることはないと思っている。
そういえば、今日は李亜が何も言ってこないな。ふと氷辻は気づく。そして、すぐにその考えを振り払った。
別に何も気にすることなどない。気がすんだのかもしれないし、もう氷辻から興味を失ったのかもしれない。
元に戻っただけ。気にすることなんんて、何も、ない。
そう自分に言い聞かせて参考書に取り組んだ。
そして迎える昼休み。
「一七夜月さんっ」
朝からなにも言ってこなかった李亜が、昼休みが終わる頃になって、氷辻の机の方に駆け寄って来た。
「これこれ、これ読んでたの」
そう言って彼女が見せた本は、いつか氷辻が読んでいたタイトルと同じだった。
「一七夜月さんが読んでたから、どんなかなって思って読んでみたんだけどっ。面白かったーっ。読むの止められなくなっちゃった。わたし、あんまり本とか読んだことがなかったんだけど。面白いんだねぇ」
いつもの屈託のない笑み。
「ねえ、他にどんなの読んでいる? わたしも他にも読んでみたいから、教えて」
きょとんとした顔で、氷辻は彼女を見つめた。
いまだかつてないアプローチ。自分の好きな物に興味を持って、それを共有しようとした人間などいなかった。
「えっと、同じ作者の他の本は割りと、もうちょっと大人向けだから。違う作者で…」
ぽつぽつと氷辻は説明をし、李亜はそれをメモに取った。
「『それを愛と呼んで何がいけないんですか』ってとこが、好き」
ふいに李亜が言って、氷辻はぱっと顔を上げた。
わたしも。と喉まで出かかった。が、それを寸前で止めてしまった。
そんな氷辻の仕草を、李亜は一瞬不思議そうに見ていたが、ちょっと首を傾げるようにした。
「一七夜月さん、もっと笑ったらいいのに。その方が可愛いと思う」
「な、」
一瞬言葉を失ってから、氷辻は怒ったような顔をした。
「可愛くないです」
「えー、可愛かったけど」
「適当にしか笑ってないでしょう。そんなの、」
「そうじゃないのを見たことあるよ」
あっさりとしたその返事に、氷辻が驚いたような顔をする。いつ?という疑問が顔一杯に広がっているのが分かっているはずなのに、李亜はそれに気づかないふりをした。メモをひらひらと振りながら去っていく。
「図書館で探してみるね」
そう言って笑って。
それを見送りながら。彼女の笑みの方がずっと、可愛らしいと思った。
それは、氷辻が理想とする笑い方で、しかも彼女には一番似合っている笑い方だった。
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