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何もかもが新鮮で、学園に慣れるのが今はまだ精一杯だ。
それでも、前に比べれば自分の足でまっすぐ立って歩いているという感覚を手に入れていた。
今でも彼女は、バスや電車では席を譲る。子どもも怒って面倒を見る。
見知らぬ人に、親切にする。
そして、それを恥じてはいない。
その想いに嘘があっても、自分の想いと意思でやっている。
それでもやっぱり、人に好意を示すのは今でも上手くいかないが。
と、誰かとすれ違った。見覚えのある顔。
振り返る。そして、とっさに呼び止めた。
「あ、は、烏兎沼さんっ」
と、呼ばれた方はびっくりしたように振り返った。
それは、小さい頃よく遊んだ、烏兎沼華呼だった。華呼は驚いたような顔をしたが、すぐに氷辻のことはわかったようだ。
「…氷辻ちゃんだぁ。どうして…あ、この学校にいたの?」
「えっと、最近転校してきて」
「転校、てことは…」
言いながら、少し言葉を濁す。氷辻は気づいて言った。
「…烏兎沼さんは能力者だったのね。昔から」
「うん。あ、じゃあ、氷辻ちゃんもやっぱり。…ねえ、昔みたいに華ちゃんでいいのに」
そう言って彼女は笑うが、それでもなんとなく、年上の彼女を「ちゃん」付けで呼ぶのは気恥ずかしかった。
「わたしはキャンパスは違うんだけど、こっちの先生にちょっと用事があって。そっか、氷辻ちゃんも一緒の学校なんだ。なんだか嬉しいな」
その言葉に嘘は感じなかったが、笑みは昔の笑い方より少し陰がある気がした。けれどそこまで訊くのはためらわれて、氷辻は別の話しを振った。
「華…さんは、どこのキャンパスで?」
「冷泉蛟。何かあったら、尋ねて来てね。あ、今寮にいるから、そっちでも…」
「え、家出たの?」
「一応、高校の間だけ」
そう言って、寮の名を場所を告げられた。氷辻はそれを記憶に刻む。
そして、それを訊こうかどうしようか少しだけ迷い。そして、思い切って訊いてみた。
「あの、華さんは、その、と、友達は作れた?」
「ともだち?」
華呼もちょっと戸惑ったようだが、少し考える。
「うーん、友達って作るよりなるもんだし…。どうかな。友達になれているかな。クラスの子と仲良くお話ししたりできているよ。そういうの、わたしも下手だったから、今とても楽しい」
「そ、そう…」
氷辻にはまだ、友達らしい友達はいない。その機会を作ることもまだしていない。 小さくため息をついていると。
「あのね、氷辻ちゃん」
華呼が呼びかける。氷辻は顔を上げた。華呼はどこか真摯な表情で言った。
「友達できるのは、怖くないよ」
「え」
唐突な言葉に、わずかに氷辻は戸惑う。
「あ、あのねっ」
華呼は申し訳なさそうに続けた。
「昔…小学生くらいの頃、氷辻ちゃん、そんな感じがしたの。でも、その頃わたしも自分のことでいっぱいいっぱいというか、人のことに無関心だったというか…そんなんで、何か言ってあげられなかったの。だから、」
そして、「あげられなかったとかも、傲慢だよね」と笑った。その笑みに氷辻はほうっと息をついた。
「……まあ、華さんがあんまりわたしに関心がないことは知ってたし」
「ええっ、関心がなかったわけでもっ」
「でも、親に言われたからわたしの面倒見ててくれたんでしょう」
「う。いや、その、小さい頃はちょっと人としての機微に欠けていたので…今はそんなことないよっ。氷辻ちゃんにもう一回会えて嬉しいしっ」
「そういう恥ずかしいこと大きな声で言わないでっ」
こころもち顔を赤くてして、氷辻は声を落として言う。華呼はあわてたように自分の手を口に当てて言葉を止める。
が、やがて、微笑んで言った。
「大丈夫。その気があるなら、友達になりたいと思った人と友達になれるよ。きっと、好きになった人も氷辻ちゃんと友達になりたいって思ってくれるよっ」
そう言う華呼も、氷辻の知っている華呼から変わったような気がした。昔よりやわらかな印象を与えるようになっている。
「…華さんは、変わったわ。わたしも、小学校の頃の華さんを見かけることあったけど」
「う。忘れてください」
「もっとつんけんしていた…」
「だから忘れてーっ」
その様子に氷辻は笑って、自分の鞄の中を探った。いつものように、自分が焼いたお菓子のいくつかがそこには入っている。
「あれ」
「どうしたの?」
「ん、なんでもない。これ、良かったら食べて」
オレンジマフィンを2つ程取り出し、差し出す。
「美味しそう。ありがとう。2つももらっていいの?」
「ええ。自分で作ったものだし、たいしたものじゃないけど」
「ええっ、自分で作ったの!? すごいっ」
嬉しそうに華呼はそれを受け取った。
「じゃあ、またね。お菓子、ごちそうさま」
「ええ、また」
華呼に手を振って、氷辻は歩きだす。そして、鞄の中をもう一度確認した。
ああ、やっぱり。入れておいたマフィンがひとつ足りない。
鞄を閉じながら氷辻は考える。
そう、朝遅刻しそうで走ってて、小学生の女の子とぶつかった。
あの時、鞄の中身がいくつか飛び出したから、その時落としたのかも。気づかなかった。
せっかく作った物が、誰に食べられることもなく朽ちていくのは少し寂しかったが、きっと鳥か猫が食べてくれるかもしれない。…ナイロン破って? …うんまあ、もしかしたら。
そんなことを考えながら、前に彼女の作ったケーキを食べてくれた猫を思い出した。
黒と青の不思議な色をした猫。
あの猫と出会ったから、わたしは今ここに立っている。
それが、最初で最後であっても。
最初で最後であるという事実が彼女を傷つけても、それがなければよかったとは少しも思わない。
「わたし、強くなれますか」
口の中でつぶやいていみる。
その崇高な魂に見合うくらいは。
記憶の中の彼が言う。
それを思い出すと、今でも涙が出そうになる。でももう泣かない。
強くなるんだもの。
…でも、
「崇高では、ないですよ」
つぶやいて、小さく笑う。
まだ、全然。でも、そこへたどり着けるようにがんばりますから。
空を見上げる。
いつもと同じ、けれども違う色の青空がそこには広がっている。
まだ始まったばかりだから。
…たとえ、目に見えない変化でもいい。
昨日と今日のわたしは違う。
おしまい。
もしも全部読んでくださった方がいたら、
たいへん恐縮です。
ありがとうございました。
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