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凍える夢見 2
中学になった頃から、ふいにクラスなんかの男の子が親切になった。
自分も適度に、面倒なことにならない程度には周囲に対して気を配っていた。
自分のため、というより親のためだったのかもしれない。
そして、時々好きだと言われた。付き合って欲しいと。
そうすることの意味がわからず、ひどく困った。「どうして」と問うと、
「烏兎沼さんは、優しいしきれいだから」と言われた。
…ああ、この人は見る目がないのだな。
「ごめんなさい。今は誰とも付き合う気はありません」
見る目がない。
頭を下げながら、わたしは相手に対してひどく幻滅していた。
* * *
…あの頃のわたしって、何様…。
ふと蘇った数年前の記憶に、華呼は頭を抑える。
あまり、優しくなかった頃。いや、今だってそうかも。
人と衝突するのが嫌だから、出来るだけやわらかくしようとしているだけなのかも。
ため息をついて、ふと、これからの生き方を考えてみる。
長い暗い廊下を歩きながら、華呼は胸の中で呟くように考える。
誰と一緒にいて、何の為に生きていくのか。華呼にはそれがうまく思い浮かべられない。未来の像が結べない。
誰と、一緒にいるのか。
……いっそ本当に好きな人ができれば。駆け落ちでもしましょうか。
そんな思いつきに、華呼はくすりと笑った。そんなこと、出来るわけないと知っているから。
ぱたぱたと、足音が追ってくる。
ああ、またこの幻。
華呼は軽く目を閉じる。幻聴が聞こえる。
お姉ちゃん。
小さな子供の声が、華呼の耳の中だけでする。
どうして、行くの? わたしを置いていくの?
わたしを捨てるんでしょう。
お姉ちゃん。
「あ、次期当主様」
ふいに、明るい声が幻聴を消した。
華呼が目を開けると、その向こうに見知った顔がやってくる。
従兄弟の、羽野塚鳥子。確か、華呼より2つ3つ年上。
「こんにちは、鳥子さん。…あの、その呼び方はやめてください」
いつものようにあいまいな笑みを浮かべて、華呼は言う。鳥子は彼女の前まで来ると深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しています」
「や、やめてくださいよ、本当に」
「でも、烏兎沼の当主様にきちんとご挨拶しないと、叱られますし」
「困ります。それにその、まだ、決まったわけでは」
「でも、一樹さんは継がないっておっしゃってましたよ」
そうでなければ華呼が継ぐ。
そういう図式しか、この家の中では成り立っていない。
自分に、他の選択肢はないことになっている。
他の選択肢。
「と、とにかく。昔のとおりの呼び方でよいですよ」
「それはちょっと…じゃあ、華呼さまで」
「あの…せめて、華呼さんとか…」
「恐れ多いです」
「そんな。本当、わたし、そんなたいした人間じゃないんですよ」
しかし、その話をいつまでもしていたら平行線になるのだろう。華呼はちょっと息をつくと、顔を上げる。と、少し首を傾げた。
鳥子とここで会うということは。この廊下の先に、用のありそうな場所はひとつしかない。
それでも、あえて聞いてみる。
「鳥子さんは、どちらへ?」
「一樹さんの所です」
一瞬、心臓が大きく鳴った。
「今、一樹さんのお世話をさせていただいているんです。聞いてませんか?」
「ええ、兄からは、何も」
「でも、お世話といっても、こうして体調の悪い時に食事を持っていったり、身の回りに必要なものを用意したりってだけなんですけど。あとは、お話相手」
そう言って、鳥子は笑う。まんざらでもない笑み。
一瞬だけ跳ねた心臓は、まだ驚いたままのようにいつもより少しだけ、存在を主張していた。別に、嫉妬とかではないけれど。
つまり、そういうことなのだろう。母や父が、彼女にそれを許しているということは。
ああ、でも。
「じゃあ、わたしは皆さんに挨拶しなくてはいけないので」
「はい。お引止めしてすみません」
鳥子は丁寧に頭を下げる。華呼が歩き出すまでそうしているようなので、華呼は仕方なく先に歩き出す。数歩行くと、背後でいそいそと進む足音が聞こえた。それに振り返らずに、華呼は小さく息をつく。
でも、兄はわたしには何も報告しなかった。つまり、兄にはその気がまったくないのだろう。それでも、まだ心臓はどきどきしていて。嫉妬とかではないけれど。でも、兄さんがわたし以上に大切な存在を作ったら、少し淋しいな、とか思う。
「…あれ。ああ…そうか」
ふいに、何かがわかったような気がしてつぶやく。
順序からいけば、どうしても華呼よりも一樹が先に婚姻を結ばねばならない。そういう、華呼からすればわけのわからないしきたりのようなものがこの「家」にはあって。だから、一樹をまずなんとかするつもりなのだろう。
時々紹介される、遠縁(それでもそんなに遠くはないはず)の歳の近い男たちを思い出しながら、華呼はため息をつく。思い出しながら、とはいえ、顔はほとんど思い出せない。母や親戚が持ってくる「いいお話し」。
もし、うっかり(というのもどうかと思うが、華呼にはそんな感じがする)結婚したりしてしまったら、二度とこの家からは出られないだろう。それがどうしても嫌だというわけでもなくて、それはそれ、そういう生き方もあると思う。
でも、まだ決められていない。
決めるなら、銀誓館学園に通っている間しかない。
二度とここへ戻らないという選択肢は、その間しか選べない。
そっと振り返る。もう鳥子は兄の部屋に着いただろうか。
もし、彼女が兄を守ってくれるなら。わたしはここから出ることを迷わないのかもしれない。
別に、兄を守るということを自分がしなければならないとは思っていないし。他の誰かがそうしてくれるなら、それでもいい気がする。
兄が幸せになってくれるのなら、他に何もいらないし、
…幸せになれないのなら、やはり何もいらないと思う…。
兄さんは、どう思っているのだろう。
軽く天井を仰ぎ、あの穏やか過ぎる笑みを思い出してみる。
彼がこの家に縛り付けられているのなら、わたしはとことんそれに付き合ってしまう。彼を置いてはいけない、というより、置いていくのは嫌だ。
普通の女の子になどなれないと信じていたわたしを、その光の方に押し出してくれた彼を、闇の中に置いてはいきたくない。
それならいっそ、一緒に闇の中にいた方がいい。
でも、自分でない別の誰かでも、彼を連れ出してくれるのなら。
それなら、きっと…。
そうやってわたしを捨てるんでしょう。
本当は、自分だけが幸せになれればいいと思っているくせに。
「妹」の幻聴が聞こえた。
彼女はいつもわたしを詰る。
華呼は一度目を閉じ、軽く頭を振る。そして、来ている親戚に挨拶をして回ると言う儀式に挑む為に廊下を歩き出す。
つづく
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